EMC対策は、「ノイズを発生しやすい機器」と「ノイズの悪影響を受けやすい機器」が共存できる環境を作るための対策のことです。発生源(EMI対策)・被害装置(EMS対策)の両面から対策し、電磁両立性(EMC)を実現する必要があります。
現代社会では、電気・電子機器があらゆる場面で使用されるようになりました。機器の増加にともない、電気的ノイズが発生しうる場面も増えています。EMC対策は電子機器を安心・安全な利用のために重要です。
この記事では、EMC対策をおこなうために知っておきたい基本として、EMC対策の基礎知識、EMC対策でやることなどを解説します。
EMC対策とは
EMCとは、「Electro Magnetic Compatibility」の略で、電磁両立性のことです。電磁両立性を保つためのノイズ対策をEMC対策と呼び、大きく2種類に分けることができます。
- EMI対策:電子機器から電磁ノイズが流出することを防ぐ、発生源対策のこと。EMIは「Electro Magnetic Interference」の略で、電磁波妨害(エミッション)とも呼ばれる。
- EMS対策:周囲の電子機器から流出した電磁ノイズによる悪影響を防ぐ、いわゆる被害装置対策のこと。EMSは 「Electro Magnetic Susceptibility」の略で、電磁感受性(イミュニティ)とも呼ばれる。
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電磁的な干渉やその他の要因により電源線や信号線にノイズが侵入すると、伝送すべき信号に不要な電磁波が混入。信号の品質が低下したり、意図しないタイミングで機器が動作したりすることがあります。その結果、電子機器の様々な不具合を招きかねません。
このようなノイズトラブルを解決することを目的に、ノイズを発生しやすい機器とノイズの悪影響を受けやすい機器とが共存できる環境を実現するのがEMC対策です。適切におこなえば、機器やシステムの信頼性と安全性を確保したうえで、不具合を最小限に抑えることができます。
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EMCの規格とは
EMC規格とは、EMCについて厳守すべきルールのことで、「ノイズ規格」と呼ぶ場合もあります。
電子機器の使用が増えるなかで、機器やシステムが、電磁環境で安全かつ正確に機能することを保証するための規格の一種です。そのためEMC規格を理解することで、EMC対策を適切に実施しやすくなるでしょう。
EMC規格の種類
電子機器を輸出入する際に、国や地域ごとの規格の違いが問題となることがあります。製品を提供する場合は、その地域や国によって定められた、それぞれの規格に準拠しなければなりません。
- 国際規格:世界で利用される規格。
- 地域規格:特定の地域で利用される規格。
- 国家規格:国家で決められた規格。
- 地区規格:特定の業界で使われる規格(業界規格)や、特定の企業で使われる規格(企業規格)など。
電気・電子機器の国際標準化機関であるIEC(国際電気標準会議)では、EMC規格を4つに分類しています。
- 基本規格:主に試験方法に関する規格。
- 共通規格:特定の環境ごとに分けられた規格。
- 製品群規格:特定の製品群向けの規格。
- 製品規格:特定の製品向けの規格。
なお日本国内の主なEMC規格には以下があります。
- JIS規格:日本産業規格。Japanese Industrial Standardsの略。
- VCCI規格:「一般財団法人 VCCI協会」が定める規格。
- 電気用品安全法:電気用品によって起きる障害や危険の防止が目的となる法律。電安法、PESとも呼ばれる。
EMC規格を満たすためには
EMC規格を満たすためには、EMC試験をおこない、国や地域が定める規定に適合しているかなどを証明しなければなりません。法律に関する知識も必要です。
例えば、国際的に提供したいと考える製品は国際規格に基づいたEMC試験をおこない、国際規格に準拠していることを証明しなくてはなりません。
ただし、EMC規格を満たした製品であっても、実際の市場や現場で使われた際、ノイズトラブルが発生することがあります。
実際の工場や施設などの現場において、単体で電気・電子機器が動作することは少なく、システムやネットワークに組み込まれて使われる傾向にあります。単体の機器としてはEMC規格をクリアしていても、複雑なシステムに組み込まれるとノイズトラブルが発生してしまうことがあるのです。
「規格をクリアしているか」はあくまで目安のひとつに過ぎず、状況に合わせて正しい組み合わせの製品を選ぶ必要があります。
EMC対策の手順
EMC対策の一般的な手順を解説します。適切に状況を見極めたうえで、実施する対策を総合的に判断するのがポイントです。
トラブルの内容を見極める
EMC対策を実施する前に、起きているトラブルの内容を見極める必要があります。
以下は、実際に市場で起きたノイズトラブルの例です。
- 流量計のデータがふらついてしまう。
- 漏電警報機が頻繁に動作するため、信用性が低い。
- 分析機器が不定期に止まってしまう。
- LANのデータ通信異常が頻発してしまう。
- 画像検査の結果にスジ状のノイズが入り、良否判定ができなくなってしまう。
- 不定期にスピーカーから「ピー」という雑音が聞こえる。
- 空調機が原因不明のフリーズを起こしてしまう。
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このようにトラブルの最終的な症状には様々なパターンがありますが、大きく次の4つに分類できます。
- 故障:部品や基板、素子が壊れる。
- 停止:センサ信号や制御信号、CPUなどのエラーで停止する。
- 誤動作:停止位置がずれたり、勝手に再起動したりする。
- 計測異常:温度、流量、圧力などの計測データがふらつく。
ノイズの種類を見極める
EMC対策を行う上で重要なのは、ノイズの種類を見極めることです。
一口にノイズといっても、その振る舞いはさまざまであり、ノイズの種類ごとに適した対策製品を使う必要があります。そのため、EMC対策では、ノイズの種類を見極めることが、最初の一歩となります。
電源トラブルの種類
高周波ノイズ 接点の開閉やスイッチングなどにより発生し 誤動作や通信エラーなどのトラブルの原因となることが非常に多い。 |
高調波 基本波の整数倍の周波数で、40次程度まで観測されることが多く、様々な次数が重畳し複雑な歪みを生じていることが多い。 |
サイリスタノイズ 照明やヒータなどのサイリスタ利用機器が動作することにより発生することが多く、切り込み状の波形が特徴。 |
電圧変動 ゆっくりとした電圧変動や電圧の揺れ動きがあり、負荷機器が大電流を取り込むことに発生することが多い。 |
周波数変動 主に発電所側に問題があることが多く、また簡易的な発電機などを使用している場合にも発生することがある。 |
瞬時停電 負荷機器の突入電流などにより瞬間的に大電流を取り込む際に発生することが多いが、接触不良などが原因となる場合もある。 |
停電 設備側の要因が多く、同じ系統に接続されている機器のショート(短絡)事故や、漏電事故、落雷に伴い発生することが多い。 |
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発生源と被害装置の関係を見極める
実際の現場でEMC対策を実施する場合には、ノイズの発生源と被害装置の関係性を見極めることも大事なポイントのひとつです。
トラブルの要因となる発生源がひとつとは限りません。複数の発生源から流出したノイズが合成されて、一定のレベルより大きくなったときに初めて不具合が発生することもあります。
ノイズ発生源のチェックポイント
- どの機器がノイズを発生しているのか?
- どのようなタイミングで、どのような動作をしたときにノイズが発生するのか?
- どのような種類のノイズが発生しているのか?
- どれくらいの周波数、強度のノイズを発生しているのか?
被害装置のチェックポイント
- システムのどの部分でノイズの悪影響を受けているのか?
- どのようなタイミングでノイズが侵入するとトラブルが発生するのか?
- どのような種類のノイズの悪影響を受けているのか?
- どれくらいの周波数、強度のノイズが侵入するとトラブルが発生するのか?
ノイズ伝搬経路を見極める
ノイズ発生源から流出したノイズは、様々な伝搬径路を伝わり、被害装置に侵入してきます。
伝搬径路とは、音や電波、振動などが伝わる径路のことです。見極めることにより、対策の方向性を判断することができるため、適切な対策を実施しやすくなります。
ノイズにおける伝搬径路は、主に2種類です。
- ラインノイズ:電源線やアース線、信号線などの導体を伝導するノイズ。場合によっては、建屋の鉄筋の柱や金属の床なども伝導する。電力線、信号線、アース線などのワイヤや建屋の鉄骨などの導体を伝導するノイズのこと。
- 放射ノイズ:電線路などに流出したノイズが電磁界によって空間を伝播するノイズ。周波数によってはかなりはなれた距離まで空間を伝播することもある。
対策の方向性を決める
諸々の状況を見極めたら、対策の方向性を検討します。
まずは、「発生源からノイズが流出するのを防止するEMI対策を実施するのか」、「被害装置のノイズが侵入するのを防止するEMS対策を実施するのか」を慎重に判断します。
EMI対策
EMI対策(ノイズ発生源対策)では、ノイズ発生源となる機器の電源ラインを高周波帯域までアイソレーションし、配電線に流出する高周波ノイズを防ぐことが先決となります。電流が流れるケーブル(発生源がインバータなら「インバータ~モータ間の配線」も含む)に対しても電磁シールドを施し、放射ノイズ対策を実施します。
発生源対策には、対策の範囲が比較的限定できるというメリットがあります。
しかしノイズを発生する機器は、三相受電の動力系の機器が多いです。よって、対策に使用するノイズ防止素子の電力容量も大きくなり、スペースやコストの確保が必要になるというデメリットもあるため、注意が必要です。
EMS対策
EMS対策(被害装置対策)では、被害装置の電源ラインをアイソレーションし、電源ラインから侵入する高周波ノイズを防ぐことが先決です。被害装置に多数のI/Oケーブルやセンサケーブルが接続されていると、電線がアンテナとなり、空中を伝播して侵入してくる放射ノイズの悪影響を受けるため、各配線にシールドを施す必要もあります。
被害装置対策は、対象となる機器が制御機器や計測器であることが多いです。よって「対策に使用するノイズ防止素子の電力容量が小さい」、「トラブルが発生している機器が明確で、対策効果も確認しやすいため、着手しやすい」などのメリットがあります。
しかしI/Oケーブルやセンサケーブルなどの信号線が多数接続されることが多く、放射ノイズを防止の対策範囲が広くなるため、グランドループなどにも留意して対策を進める必要があります。
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自社対応が難しいなら外注を検討
ノイズ障害が起きた時の対応が自社では難しい場合、EMC対策の外注を検討しましょう。ノイズの発生原因は多岐に渡るため、発生源の特定や適切な対策が厳しい場合が珍しくありません。
例えば電研精機研究所のノイズトラブル相談室は、ノイズの専門技術部門として1983年に発足して以来、様々なノイズトラブルに関するご相談をお受けし、その解決にあたってきました。
創業より蓄積してきた経験と知見こそが最大の強みです。「このトラブルを解決できたら奇跡」と言われるような難題も解決してきた実績があります。
ノイズトラブル全般のいわば「駆け込み寺」として、お客様が抱える問題の解決に向け、メールや電話での相談、現地に出向いての調査、対策手法のアドバイス等を行なっています。ノイズでお困りの際には、お気軽にお問い合わせください。
関連ページ:ノイズトラブル相談室
対策を実施する
方向性が決まったら、対策を実施します。
EMC対策には様々なやり方があり、それぞれメリットとデメリットがあります。効果がでるノイズの種類も異なるため、適切なものを選ばなくてはなりません。
一般的に、複数の機器やシステムが関わるノイズトラブルは、「アイソレーション」、「シールド」、「グラウンド」という3つの手法を組み合わせることで、効果を期待しやすいです。
アイソレート
アイソレートとは、回路の分配のことをさします。対策すべきラインノイズの周波数を見極めて、幅広い周波数帯域に対して確実にアイソレーションできるノイズ防止素子を選定することがポイントです。ただしノイズ防止素子には、アイソレーションしないタイプものもあるため、ノイズ防止素子の原理を把握して適切なものを選定しなくてはなりません。
シールド
シールドは、電子機器や部品などを金属のシールドで覆い、外部からの電磁波の影響を軽減する方法です。電磁波を吸収したり反射したりすることで、電子製品内部の回路を外部のノイズから守る役割を果たします。シールドには、板状のものだけでなく、折り曲げたり切り分けたりして利用できるテープ状のものなどさまざまな形状があります。対策すべき放射ノイズの周波数を見極めて、磁気シールド、静電シールド、電磁シールドを適切に使い分けて対策を施すのが成功のコツです。
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グランド
グランドとは、同一制御ループ内の回路の基準電位を同電位にすることにより外来のノイズの悪影響を防ぐ対策になります。大地に接続する保安目的の「アース」とは異なるたい柵です。細いケーブルの場合、高い周波数のノイズに対してインピーダンスが大きくなるため、外来のノイズの影響によって、回路の基準電位に電位差ができてしまうことがあります。グランドを強化するときは、高周波においても極めてインピーダンスが小さく、どの点をとっても同一電位を示すように対策することが望ましいです。
まとめ
電子機器の増加にともない、ノイズによるトラブルも増えつつあることから、EMC対策の必要性も高まっています。基本的な考え方を理解し、適用することでEMCの問題を最小限に抑えることが可能です。
ただしEMC対策は、さまざまな要因に配慮する必要があるため、簡単に実施できないことが多いです。社内で対応できない場合、外部への委託も検討する必要があります。